【直接の支援者ではないということ】
また、我々は自らを広義の意味で(救世主の様な)支援者だと思ってはいない。
そもそも、ホームレスとはいえ、多くは人生の先輩方である。様々な経験や過程を経た結果としての一時的な状態でしかなく、我々はその一時的な側面しか知らない。
他人の人生を変えるべく、何かを与えるなどと言うことは、我々の経験や資源、そしてホームレスの方々との信頼関係を考えれば恐れ多く、ボランティアでその様なことを行う程には、用意も覚悟も無い。
健康状態が危うい者や、生活の糧が無くなってしまった者、社会復帰を望んでも偏見の壁を一人ではどうしても打ち破れず苦しんでいる者など、緊急に支援を要す者は確かに居る。
そうしたものに出会った場合は、公的機関や無料・低額診療所の案内と付き添い、場合によっては救急車を呼ぶことで対応を考えている。
支援が彼らを助けることが疑いようのない反面、安易な支援が、様々な弊害や、ホームレスのコミュニティ(互助)の破壊、自立を妨げることがあることも、いつか記述できればとも思っている。
人には様々な生き方があり、それらを受容した上で、そうした中でも特に、社会復帰を志す者や、現状の生活で自立していると考える者たちについて、微力で限界のある我々にとって、活動を続けていくことが可能で手を尽くせる(ミッションとその範囲)のは、社会の価値観や認識を変革するための、このブログであると確信している。
(運営者M)
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【サイト内関連記事】
・我々は何者であって、何者ではないか(4/4) | 関係者からの寄稿
また、我々は自らを広義の意味で(救世主の様な)支援者だと思ってはいない。
そもそも、ホームレスとはいえ、多くは人生の先輩方である。様々な経験や過程を経た結果としての一時的な状態でしかなく、我々はその一時的な側面しか知らない。
他人の人生を変えるべく、何かを与えるなどと言うことは、我々の経験や資源、そしてホームレスの方々との信頼関係を考えれば恐れ多く、ボランティアでその様なことを行う程には、用意も覚悟も無い。
健康状態が危うい者や、生活の糧が無くなってしまった者、社会復帰を望んでも偏見の壁を一人ではどうしても打ち破れず苦しんでいる者など、緊急に支援を要す者は確かに居る。
そうしたものに出会った場合は、公的機関や無料・低額診療所の案内と付き添い、場合によっては救急車を呼ぶことで対応を考えている。
支援が彼らを助けることが疑いようのない反面、安易な支援が、様々な弊害や、ホームレスのコミュニティ(互助)の破壊、自立を妨げることがあることも、いつか記述できればとも思っている。
人には様々な生き方があり、それらを受容した上で、そうした中でも特に、社会復帰を志す者や、現状の生活で自立していると考える者たちについて、微力で限界のある我々にとって、活動を続けていくことが可能で手を尽くせる(ミッションとその範囲)のは、社会の価値観や認識を変革するための、このブログであると確信している。
(運営者M)
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